2014年03月13日

ベトナム戦争の跡を辿るDMZツアー その5

しんちゃおー

本日の天気は曇り…ときどき晴!!!
暑いかと思いきや心地いい風が吹き、
過ごしやすい1日だったかと思います。
こんなときは日焼け止めをついつい忘れてしまうので
女性の方は特に気をつけてくださいね♪

今、ホイアンは夕方ですが、少し冷えてきました。
暑くなることを見越してノースリーブにカーディガンという格好にしたのに…
ちょっぴり後悔しています(笑)

さてさて長らく続いたDMZシリーズも今回が最終章。
ドッグミルをご案内致します。

ドッグミルとは何ぞやっ!?

当時アメリカ軍が基地としていた場所の1つです。
北側から南側への配給路の両側に構え、支援を絶たせていました。

しかし、雲行きが怪しくなると撤退。
戦車1台を残して跡形もなくなっていました。
錆びた戦車は当時のものです。

IMG_1469.JPG

写真の道路が当時補給路となっていたみちです。
そしてその向こう側に戦車が1台取り残されています。
…お分かりでしょうか??

ちょっとアップにしてみますね。

IMG_1468.JPG

ちょうどバイクのお兄さんの頭上にあります。
雨風にさらされて錆びてしまったみたいですね。

そしてその道路を挟んで向かいにはこの地域の戦没者の墓があります。
名前の分からない人も多くあり、そこには「Chua Biet Ten(名前がまだ分からない)」と記されています。
各省の役人が定期的に管理しているそうです。

IMG_1470.JPG

上記が霊園の入口。
この中には多くのお墓が並んでいます。
訪れた方は手を合わせて行って頂きたいです。

さて、DMZツアーシリーズもこれで終了です。
飽きずに(?)お読み頂きありがとうございました!!

明日の天気は晴れ時々くもり!!
最高気温27℃、最低気温21℃と暖かい1日になりそうです!!
明日はいよいよランタン祭り♪
夜は冷えるので長袖のご用意を忘れずに。
月に一度のお祭、ランタン祭りをお楽しみ下さい☆

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2014年03月11日

ベトナム戦争の跡を辿るDMZツアー その4

しんちゃおー

世界遺産からこんばんは。
ホイアンの紅一点(?)水野です。

・・・・・・・・・・・・・・・・。
…すみません。嘘つきました。
オフィススタッフはほとんどが女性。
そんなわけで紅一点ではなく、黒一点の状態ですね。

さてさて。
ちょっとシリーズ化しているDMZのお話。

今回は「ベンハイ川」についてご紹介。

以前にもお話しましたが、
非武装地帯はこのベンハイ川を基準に定められました。
この川の両側約10kmが非武装地帯とされたんです。
非武装地帯と書かれてあるからには武器の所持。攻撃が禁止されているんです。
しかしアメリカ軍はそれを守らずヘリで何度も攻撃を重ねました。
川の北側にあるフラッグタワーはアメリカ軍に11回破壊されましたが
ベトナム軍はそれにもめげずに11回修繕して建てたそうです。

こちらがそのフラッグタワー
IMG_1461.JPG

当時使われていた旗は道路を挟んで反対側の博物館に展示されています。
何度も縫い直して使われれたあとがありますよ。

そして南側にある像は戦後に作成されたもの。
女性のみとなっているのは、家族が引き裂かれた状態を表しています。
IMG_1467.JPG

後ろに立っているものは南部の象徴ココナッツの葉です。
ホーチミンといえばココナッツが思い浮かぶくらい有名ですよね。

川に架かるヒエンルオン橋の両側にはスピーカーが置かれています。
当時この辺りは非武装地帯だったために、スピーカーで言い合い「口」で戦争をしていました。
ちなみに、北側のスピーカーはソ連製、南側のスピーカーはアメリカ製です。
当時使用していたスピーカーも博物館に展示されています。
銃弾が貫通した後も残されています。

IMG_1465.JPG

博物館の外に置かれているスピーカーはソ連製のものです。

また橋の建設でも「喧嘩」をしていました。
例えば、橋の色をどうする(半分から南北に分けていた)とか、板の枚数が多い・少ないなど…‥‥‥
ちなみに橋の板は全部で450枚。北側が446枚で南側が444枚。(橋の長さは一緒)

橋は2本架かっていて大きい物は戦後建築されたもので、細い方は当時架かっていたものです。
IMG_1466.JPG

DMZではDMZなりの戦い方があるんですね。

さて、次回はドッグミル。
最後の観光箇所です。

乞うご期待!!!!

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2014年03月10日

ベトナム戦争の跡を辿るDMZツアー その3

しんちゃおー

世界遺産からこんばんは。
本日もお送り致します。
古都フエ情報☆

前回はケサン基地でしたが…昼食を挟んでビンモック村へ向かいます。

ここにはビンモックトンネルというものがあるですね。

「ビンモックトンネルとは何ぞや!?」

その名の通り、ビンモック村にあるトンネルです。
ホーチミン発のツアーで訪れることの出来るクチトンネルは戦闘のために作成されたものですが、
このビンモックトンネルは戦闘兼生活用に作られたものなんです。

ビンモック村は北緯17度線の北側に位置し、
北ベトナムが南ベトナムに支援するために通過する場所だったためにアメリカ軍の攻撃の的とされました。
アメリカ軍の攻撃は激しく、この村には1人あたり7トンの爆弾が投下されたとされます。

ビンモックトンネルはなんと、地下3階まであるんです!!!

こちらがビンモックトンネルの入口。
IMG_1450.JPG

地下1階は地下12mに位置し、生活居住区が中心でした。
下の写真のように、各家族ごとに居住スペースがありました。
IMG_1455.JPG

地下2階は地下15mに位置し、病院や会議室が置かれました。
そして、なんと産院まで。
IMG_1456.JPG
当時この産院で17人もの子供が生まれたそうです。

地下3階は地下23mに位置し、主に避難所・貯蔵庫・武器庫として使われました。

当時アメリカの使う爆撃で最も強力なものは地下15mまでを破壊したため、地下3階が避難所となったそうです。

下の写真はトンネルの出口(兼入口)
外からはトンネルがあることなど分からないようになっています。
IMG_1459.JPG

ベトナム人の勝利するための知恵が今でも残されているんですね。

次回はベトナムを南北に分けた境界線「ベンハイ川」について。
「DMZ」での戦い方もご紹介致します。

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2014年03月09日

ベトナム戦争の跡を辿るDMZツアー その2

しんちゃおー

世界遺産からこんばんは。
水野です。

前回途中で終わったDMZツアー。
続きが気になっていた方(?)、お待たせしました!!

ダクロン橋、ホーチミンロードの見学が終わると今度はケサン基地へ向かいます。

ここがケサン基地の入口。
IMG_1436.JPG

SAN BAY=飛行場で、TA CON=ケサンの別名でこの辺りの呼び名なんですね。

さて、ケサン基地とは何ぞや!?という方もいらっしゃるかと思います。

ケサン基地とは、アメリカ軍の重要地だった場所なんですね。
北ベトナムに最も近い場所だったためにアメリカ軍は多くの軍事力・資財を投資したそうです
「何としても死守しろ!!」という大統領命令が下ったとか。

そしてアメリカを迎え撃つは、当時の将軍「ボー・グエン・ザップ」
ついこの間亡くなられた方ですね。
ホーチミンさんの右腕とも盟友とも呼ばれる方です。
多くの戦いで功績を残しています。
フランスとの戦争でも将軍を務めました。

アメリカにとって重要なこの基地はベトナムにとっても重要な地。
ベトナム側からしてもアメリカの戦力を削ぐためにはケサン基地の破壊が必要だったんです。
ザップ将軍はまずケサン基地を攻め、アメリカ分の兵力をケサン基地に集結させました。
その隙に手薄となった周囲を攻め、基地の周りを陥落させたんです。
そして、ケサン基地周囲の丘にベトナム兵を配置し一斉に攻撃を浴びせました。
これによりアメリカ兵はケサン基地を手放して撤退。
当時戦いに参加したアメリカ兵は6,600名、ベトナム兵は40,000人いたそうです。
圧倒的な兵力の差ですね。

ケサン基地には当時の飛行機や塹壕も残されています。

ヘリ↓↓
IMG_1442.JPG

輸送用の大型機↓↓
前に立っているのは弊社のガイドです。いかに大きいかわかりますね。
IMG_1446.JPG

塹壕↓↓
IMG_1443.JPG

こちら、実際に中に入ることも可能です。
塹壕の中は入り組んでおり、まるで迷路のよう。
いたるところに攻撃用・監視用の窓が設けられており当時の様子が伺えます。

さて、このあと昼食をはさんだらいよいよビンモックトンネルです。
ホーチミンのツアーで行けるクチトンネルとはまた異なるトンネル。
ベトナム人の知恵が伺えます。

続きは…………また今度!!


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2014年03月08日

ベトナム戦争の跡を辿るDMZツアー

しんちゃおー

世界遺産からこんにちは。
水野です。

つい昨日までフエにいましたが、
ホイアンにつくと「帰ってきた!!」と感じました。
ちょっぴりホイアンが「ふるさと」になりつつあるようです。

さて、タイトルにもあるDMZ。
こちら「Demilitarized zone」の略です。

ここでちょっと英語の勉強。
De:否定形
militarize:武装する
-ed:受動態
zone:地域
=「非武装地帯」ということなんですね。

読んで字のごとく武装しない地域。
つまり、ここでは武器でのやりとりが禁止されているんですね。
ジュネーヴ協定できまったそうです。
戦争でルールがあるというのは何だか変な感じがします。

ベトナム戦争の非武装地帯はほぼ北緯17度線に沿っています。
朝鮮半島の「38度線」と比して「17度線」と呼ばれることもあるそうです。
かつてベンハイ川を境としベトナムは南北に分かれました。
川岸からそれぞれ10km地点が非武装地帯だったのです。

弊社のDMZツアーでは、ベトナム戦争に縁のある地を順に訪れます。

こちらはロックパイル。
IMG_1432.JPG

激戦地の一つです。
岩山で歩いては登れない場所だそう。
ここは周りと比べてもひときわ高いので、
アメリカ軍の基地にもなったそうです。
毎回ヘリで行き来をし、物資もヘリで届けていたそうです。
しかし、だんだんとベトナム側が優勢となり、アメリカ軍はここから撤退します。
ベトナム軍が辿り着いた頃には跡形もなくなっていたとか。

そしてこちらがダクロン橋

IMG_1434.JPG

北側から南側への補給路として使われていました。
アメリカ側からしたらたまったものじゃない!!
そんな訳で何度か破壊されたようです。
そして、この道路(国道9号線)は戦後「ホーチミンロード」と呼ばれるようになります。
ちなみにホーチミンロードはラオスまで続いており、
当時、ラオスも南ベトナムを支援するため動いていたそうです。

現在の橋は鉄筋コンクリート製ですが、当時は木造建築でした。
戦後にハノイ大学によって建築されたそうです。

今回はここまで。
続きはまた次回とさせて頂きます。

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